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どうしよう



 「ほんとにブタだった。」
と言ったら語弊があるかもしれない…。「子ブタによく似たフォルムをしていらっしゃる…!」だ!

友人の飼った犬は、フレンチブルの鼻がちょっと長い、牛のようなまだら模様の犬でした。
来月あたり、匂い覚えさせに行くから待っていろ。
今ならまだ間に合うかもしれない…。私はこの子の「特別」になれるかもしれない…。

名前はブンちゃんだそうです。文太か菅原か。

 私も昔、実家で犬を飼っていました。これだけ柴犬、柴犬言ってるから承知だとは思いますが、柴犬です。(多分)
私が当時小学1年の時に、母が拾ってきた、バス停に捨てられていたまだ目の開かない仔犬、それが「健太郎」でした。
当時は死にそうなくらい元気がなかった健太郎でしたが、すくすく育ち、次第に脱走技術を取得、人様の家のドッグフード盗み食い、他の犬に恐喝したりされたり、小学校に乱入しては子供たちとたわむれたり、
というあり余った元気を日々爆発させるような犬に成長しました。
多分自分を犬とは自覚してないな、という人間っぽい犬でした。でもそこがかわいい。(飼い主フィルター)

時は流れ、ペットは絶対先にいなくなるものなので、覚悟はしていたのですが中学3年の時に健太郎がいなくなった時はかなり辛かったです。
毎日かわいがっていたというせいもありますが、正直、高校の時に父親を亡くした時よりも悲しかったです。
犬との距離感が計れないのが問題だった気もしますが、それにくわえて人っぽい名前をつけたのも辛さの原因かも〜とも思いました。あれは弟みたいなもんだった。あの時は実家にいたのでその悲しみを共感してくれる家族がいることに助けられました。
共感してくれる人がいないと、動物の死に直面したとき辛いですね。う〜ん、自分には耐えられそうにない。…とんだチキンだわ。
一人暮らしで犬を飼わない理由はそれです。

なので柴犬ウォッチャーとして、近所を散策します。ほ〜んとおさわりパブとか作ってくれりゃあいいのになあ〜。貢ぐよ。
そういえば、前に転居届けを出しに市役所に行った時のこと、私は本名が、全国でも多い名字なのですが、その名字で健太郎というネームプレートを付けたお兄さんに応対してもらったことがあります。
顔はクールに、心の中では(へへ……健太郎、…お手!おすわり!)とか思ってました。すんません。ほんとすんません。

 ブタトークでさっくり終わりにするつもりが、健太郎のことをつい思い出してしまった…!やっぱりうちの子が一番だ。(飼い主フィルター)
ブンちゃんをかわいがってくれ!!野中家!

DATE : 2010年06月22日 03:43